2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件から20年。事件はなぜ起きたのか?そして、アメリカが始めた「テロとの戦い」は今どうなっているのか。詳しく解説します。
アメリカ史上最悪のテロ事件です。事件が起きたのは、2001年9月11日の朝。テロリストにハイジャックされた民間の旅客機4機がニューヨークの高層ビルや首都ワシントン郊外の国防総省などに突っ込み、日本人24人を含む合わせて2977人が犠牲となりました。旅客機が激突し、ビルが崩壊する映像は世界中に配信され、アメリカの政治経済の中枢を襲った事件として世界に大きな衝撃を与えました。その日の時系列です。
▽午前8時46分。ハイジャックされた4機のうち1機がニューヨーク・マンハッタン南部の世界貿易センタービルの北棟に激突。▽午前9時3分。隣の南棟に別の旅客機1機が激突。ともに110階建てだった2つのビルは崩壊し、乗客乗員やビルにいた人に加え、かけつけた消防士や警察官が巻き込まれ、2753人が死亡。▽午前9時37分 ハイジャックされた別の旅客機が、首都ワシントン郊外の国防総省の建物に激突。職員を含む184人が死亡。▽午前10時3分 もう1機がペンシルベニア州に墜落し、乗客乗員40人が死亡。
当時のブッシュ政権は、国際テロ組織アルカイダを率いていたオサマ・ビンラディン容疑者を首謀者と断定しました。ビンラディン容疑者は「アルカイダ」を設立し、アメリカやその同盟国を主な攻撃対象に掲げて「ジハード=聖戦」の名のもとにテロ活動を繰り返していました。日本も標的の1つとして示唆されたことがあります。
ビンラディン容疑者はサウジアラビア出身の富豪で、1970年代にアフガニスタンに軍事介入した旧ソ連軍と戦った経験もあります。当時は冷戦のさなかで、アメリカはソ連軍に抵抗したイスラム勢力を支援しました。その後、ビンラディン容疑者は「アルカイダ」を結成。1991年に起きた湾岸戦争をきっかけにイスラム教の聖地メッカのあるサウジアラビアにアメリカ軍が駐留したことなどを非難していました。